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 いちねんまえ



見覚えのある小高い丘の頂上で、二人は佇んでいる。
そっと頬を撫でる生温い風は確かに夏特有のもので、だけど嫌悪を感じることはなく。

一年前の今日を想った。



「ごめん」
「謝るな」
風柳が小さく漏らした声を即座に切り捨てたのは、勿論風柳の傍らに立つ麗人である。彼は流水の如き薄水色の髪を風に流しながら、ただひたすらに眼下の海を見据えていた。
「でも、僕が居なかったら、あんな事にはならなかった!」
「終わった事だって何度も言っただろう!それにアイツを拒む力が無かった俺にも非はあるんだ!」
「水鏡、」
「これ以上、俺を…俺を、惨めにしないでくれ。」
ゆるりと頭を振る水鏡に、最早かける言葉は無い。
汗ばんだ額を拭うこともせずに風柳が顔をあげると、一面の青が広がっている。
立体的な雲を指差して「食べられそう」だと言ったのは。

「・・・打波。」

"あの日"から封印するかのように、口に出すことはなかった名前を呟いた。
爽快な空を流れる雲のように、風のように、緩やかで色濃いあの過去を想うには、まだ日が浅かった。

水鏡が溢れる何かを塞き止めようと、両の手を喉へ、そして押さえつける。
いつも飄々としている彼からは想像も出来ない、苦悶の表情を浮かべていて。そして潤んだ瞳は今にも泣き出しそうに見えた。

風柳が一歩、踏み出す。
生い茂った草は、去年よりも少し伸びただろうか。
あの時は聞こえなかった、足を踏み出した時に聞こえる草摺れの音が、今なら聞こえる。


曹達水を珍しそうに飲んでいた少年。

草笛の作り方を根気良く教わっていた少年。

蜜採りでは、手慣れている二人よりも多く採り、得意気に笑った。

風柳の家で花火をし、水鏡の煙管を吸った。


 『楽しい、楽しいよ、すごく』



「今でも、思うんだ。」
「風、柳。」
「僕は、大人しく殺されていたほうが良かったんじゃないか、って。」
もう、水鏡は咎める言葉を吐かなかった。
いよいよ足に力が入らず座り込み、必死に己の喉を押さえつける水鏡。そのまま涙を溜めた目で風柳を仰ぎ見た。


「ごめん、水鏡。」
僕がもっと彼に注意を払っていれば、君はこんな想いをしなくて済んだのに。


「ごめん、打波。」
僕という存在が無ければ、君は普通の人として生きていられたのに。


「ごめん、」
まだ、生きていて。



「ごめんね。それでも、僕はまだ死ねない。」



眼下の海が光を浴びてキラキラと反射している。
その色は、出会った日に飲んだ曹達水にとてもよく似ていた。




 『ねぇ、いつか3人であの海へ泳ぎに行こうよ!』

それは過去の無邪気な少年の台詞。





一斉に鳴き始めた蝉の声が劈く様に響き渡り、二人を包み込んだ。

二人を見下ろす大木には、未だ打波の血痕が息衝いている。




 『呉れよ、その人。君の大切な人なんだろ?ボクが愛してあげるから。』


狂ったように泣き笑い、風柳に言い放った言葉。


 『遅いよ。もう、貰っちゃった。君の大切な人。もう、ボクのもの。』





「君には渡せないから。」

"僕自身"も、"彼"も。






「ごめんね。」

そうして、一年前の今日を想う。
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【あとがき】   つづきはこちら
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 吐き出されて空に溶けた紫煙が不条理な己の思考ならば良かったのに

「水鏡、待ってくれよ、」
声を出すことによって突き刺すような寒さが喉を刺激するが、声を出さずにはいられない。目の前を走っていたはずの彼はいつの間にか距離をあけている。
「遅いぞ風柳!」
凛としたボーイソプラノが風に乗って届いてきたが、彼は此方を振り返る様子は見せなかった。流れる景色に関心を向けることなく、僕たちは走り続けた。呼吸のリズムが乱れても、足に力が入らなくなろうとも。
どのくらい、そうやって走っただろうか。不意に水鏡との距離が縮まって、隣に並んだ。そこで漸く彼がスピードを落としたと知るのだ。長く伸びた薄水色の髪はしなやかに宙を舞い風と戯れているようで、彼そのもののようだと苦笑した。
「こんなスピードじゃあ、本番は捕まるぜ。」
秀麗な眉を寄せて彼は云う。まるで名のある職人に手がけられた造形作品のように整ったパーツを持っている彼に責められると、心苦しく思えて仕方が無い。僕は謝罪する代わりにスピードを徐々に落として立ち止まる。それまで満足に得られなかった酸素を求めて激しい呼吸をいくつか繰り返すが、冷え切った空気の中でそれを行うのは難しい。ふと視界の端に鮮やかな紅色が映り、身体を固くする。
「水鏡、まずい、もう、近い、」
先に行ってしまったと思った彼は案外近くで止まっていて、息継ぎを含めた僕の言葉に頷いた。いくら練習とはいえ、ここまで近付いては奴らに見つかり、怪しまれかねない。こんな些細なミスで自分達に注意を払われてしまうと今までの計画が水の泡だ。
「帰ろう。」
手を顎にあてて何やら考え込んでいたが、やがて校舎に向かって歩き出す水鏡。頭の回転が速い彼のことだ、大方この状況を利用して何とか外に出る方法は無いものかと計算していたのだろう。今回は長距離走の練習だと許可を貰ったが、此処まで来れる事自体滅多にないチャンスなのだ。
まるでそれそのものが塀であるかのように太く伸び絡まる薔薇の蔓には、猫が通れる隙間さえ何処にも開いていないと云われている。実際一度近くで見学した幼少時、手を入れることさえ叶わないほどの絡みようだったと記憶している。そんな塀が途絶えることなく、僕らの生活を囲っているのだ。
「久し振りに見たよ。」
「俺もさ。」
深呼吸を繰り返して落ち着いてきたところで改めて薔薇の塀を横目で睨む。水鏡は薔薇自体には興味が無いようで、僕を待つように立ち止まり細いゴムを口の端に銜えて髪を結い始める。薄く色づいた頬と唇の瑞々しい赤だけが、彼が人形ではないことを証明してくれるようだった。
「水鏡、」
「うん?」
「僕はもっと練習するよ。君と必ず此処を出たいんだ。」
「ああ。俺もお前と必ず出られるような計画を練るさ。」

一陣の風に乗った薔薇の匂いが、僕たちを哂うように包み込んだ。






いきなり何かって、オリジナルの話。肩慣らし…にもなってない。
あれ?水鏡って昔書いた時は銀色の髪だった気がしてきた・・・

続きませんよ!(そらそうだ

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